大前研一氏の「「知の衰退」からいかに脱出するか?」によると、日本の財政赤字はEUに加盟しようとしても即座に断られるほどだそうだ。どういうことか気になって調べてみると、EU加盟の経済収斂基準というのがあり、そこに
財政:過剰財政赤字状態でないこと。(財政赤字GDP比3%以下、債務残高GDP比60%以下)
と書かれている。財政支出、債務残高のGDP比を見ると、2008年の日本の財政赤字はGDP比の2.6%で、債務残高はGDP比の170%にもなっている。(wikipedia: 国内総生産 GDP)
2009年度の日本の実質GDPが520兆円規模なので、その3%は15.6兆円。これが国債を発行してよい基準額のはずだが、2010年度予算で44兆円国債を発行するようなので、GDP比の8.4%ということになり、EU基準を大幅に上回ってしまう。
財務省による2009年度の各国の債務残高のデータを見ると、日本の債務残高のGDP比が170%から189%に悪化しており、EU基準の債務残高のGDP比60%以内どころか、他国に比べても圧倒的に悪い水準だ。EUに相手にされないというのも頷ける。
「日本の対外債務は? 世界の対外債務国ワースト20をグラフ化してみる」という記事を見かけたが、これを見る限りは日本の債務残高は大したことのない額のようにみえる。しかし、このデータは上に挙げた財務省のデータと大きく食い違いおかしいと思っていた。このデータによると、イギリスの対外債務のGDP比が408.3%ということで、EU基準と大きく外れていてEUに残っていられるはずがない。財務省のデータの方では、イギリスの債務は2008年の57%から2009年の75.3%になっているので、最近になってEU加盟国として危ない状況になったとわかる。(参考までにWikipedia: EU加盟国の債務状況)
何も上記の「対外債務国ワースト20」の記事のデータが間違っているわけではない。この元になったWorld Bankによる各国の対外債務のデータがこちらにある。そして、ここで使われている対外債務(External debt)の定義がこちらのPDFで読める。結局比べているものが違うのだ。債務残高として「日本の国債(bond)」と「海外諸国の対外債務(External debt)」という、そもそもの定義が違うものの値を比べることに大した意味はないし、日本の債務の深刻さから目を背けさせるという意味で悪影響とすらいえる。(イギリスもアメリカも国外からお金を借りまくっているという認識は間違いではないが)
日本の抱えている負債には、年金の支払い義務と、公的債務(地方債・国債)の2つがあり、年金債務は800兆円、公的債務も800兆円になると言われている。日本国民の金融資産1500兆円を考慮しても、借金はすでに返済不可能な状態になっている。なぜこの状態が放置されてきたのか? 政府は借金を返さなくてもいいと思っているし、まともに年金を払おうとしてもすでに払えない。だからできるだけこの問題から目を背けようとさせている。例えば「改革」のため、あるいは「生活」のため。よく耳にしたお題目ではないだろうか。政権が代わっても、問題の本質を深く考えさせない政治のありかたは大して変わっていない。大前氏に言わせれば、
政府側の(短期間で配置換えさせられ責任も問われない)官僚機構だけが得をして、国民がかぎりなく損をするという構造になっている。
ということだ。
今回挙げたデータは、インターネットで検索すればすぐ見つかるようなものばかりだが、「なんだ、日本はまだ大丈夫なんだ」と安心させて「思考停止」に導くような情報には注意してほしい。ゼロベースで予算を見直すという民主党のマニフェストも、うやむやのままにさせてはいけない。研究者も仕分けされた一部の科学予算が復活したからといって安心していてはいけない。「考える力」を失うことのダメージは自分たちに直接返ってくる。
大前氏のテキストは考える力を養うための役に立ってくれるし、そしてドラッカーなどの著作もそうだが、著者の「考え」そのものを学ぶのではなく、「考え方」を学ぶために読むべきで、そうして自ら「考える力」をもった人が育つことが何よりも大切に思う。(身近なところでトレーニングを始めるなら、区議・市議会の議事録を眺めてみるとよい。大きな方針もなく些細な議論、とんでもない議論に始終しているかわかるはずだ。例えば、千葉の県議会の議事録で選択的夫婦別姓に関する意見を見ると、こんなロジックが破たんした議論を堂々と言える場所なのかと寒気がした。考えなしに議員に政治を任せているとこんな恐ろしい議論がまかり通ってしまう)
7 件のコメント:
対外債務・財政破綻などで検索してもわかる通り、対外債務以外の日本「政府」の債務が「日本の借金」と言えるかどうかは非常に議論のあるところですが、ご存じで書かれているのでしょうか?
> sumiiさん
もちろん、国債の主な買い手が日本の銀行、郵貯の資金であることも知っています。日本のGDPが伸び悩むなか、本当に返済できるのかが問題点です。といっても、国債をデフォルトさせない方法は政府がお金を発行するだけでいいので簡単です。しかし、これは間違いなく円安を引き起こすので、エネルギーや海外拠点で製品をつくって逆輸入するなどの貿易に依存している今の日本には危険すぎるように思いますし、弱い円は産業の競争力を弱めるのにもつながるのではないでしょうか。
それ以外にデフォルトを防ぐ手法としては、税金をつぎ込むか、日本の銀行に潰れてもらうか、郵貯や年金資産を取り上げるか、あまりまともな選択肢が見当たりません。それ以外の選択肢があるというのなら僕も安心できますが。
以下も参考までに:
日本の債務の状況に関して、このブログと同じようなことが説明されています:
http://www.economist.com/businessfinance/displaystory.cfm?story_id=14972943
じわじわと進行するデフレが日本を苦しめる:
http://www.economist.com/businessfinance/displaystory.cfm?story_id=15176489
そうおっしゃるのではないかと思いましたが:-)、
http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/
特に
http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/#Q24
http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/pages/15.html#%E5%88%86%E3%81%8B%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%EF%BC%9A%E5%9B%BD%E3%81%A8%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%A8%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E7%AB%B6%E4%BA%89%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84
もご存じでしょうか?
# 横道ですが、「EUの加盟基準を満たしていない」ことを「EUに相手にされない」と言うことが適切なのかどうか、とも思います。
追伸:私も(経済は素人ながら)これ以上の日本政府の債務の増大は(日本の国内問題として)非常にまずいと思いますが、だからこそ「日本の借金」とか「EUに相手にされない」とかではなく、正確な論理的議論が必要ではないでしょうか、という主旨です。(Economist誌の記事は正確なように思えます。)
> sumii さん
紹介されたページは知りませんでしたが、インフレを起こせばいいかというとそう単純でもないのではないでしょうか(日銀がインフレを懸念しすぎてデフレ方向に振ってしまっているのが適切かどうかを別にして)。年金のための積立金はインフレで価値が下がるので、物価の上昇にあわせた年金支給のためのコストは、現役世代が補って払うことになります(そもそもの年金の目的がインフレリスクに対処するためです)。けれど、現状6割以下の国民年金の徴収率や、人口が逆ピラミッドになっている今の状況で、僕らの負担が増えないはずがありません(それがどの程度なら許容できるか、という話でもありそうです)
ただ、日本の財政が破綻するとは誰も思っていないのかもしれません。クルーグマン先生もそう示唆しています。
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/10/21/is-japan-on-the-fiscal-brink/
タイトルは。。。変えた方がよいかもしれませんねw
国債や年金の問題についてはまったく同感です(私自身は現時点では「まず」インフレターゲットで経済を回復させ、それから「我々国民の生活を守るために」増税が必須だと考えますが、それについてはまた別のところで…)。それらとEU云々とは区別して議論すべきではないか、という意見でした(「タイトル」だけでなく本文前半にわたってEUの話題ですよね)。ご返信どうもありがとうございました。
P.S. すでに公開されたエントリやタイトルを後から上書きされてしまうと、コメントなどの文脈も変化してしまうので(軽微な誤植や字句の修正ぐらいならば良いと思いますが)、もし後から上書き修正されるぐらいならば明示していただけると良かったのではないかと思います。何度もコメントして本当にすみませんでした。(_ _)
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