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2008年11月21日金曜日

こどもから教えてもらった「日本語が亡びるとき」

一緒に塗り絵をしていたときのこと。出来上がった絵をみて、5歳のこどもが

「ぱわふるだねぇ~」

といいました。・・・可憐なディズニープリンセス(シンデレラや白雪姫、ジャスミンなど)の絵なのに、「ぱわふる」?

どうやら、いろんな色で塗っていることを指して「ぱわふる」と言っている。なるほど、「からふる (colorful) 」のことか。

正しい使い方を教えてあげて「あ、そうか~」とちょっと恥ずかしげに、納得した様子。

それからしばらくは「からふる」と言っていたのですが、先日、

「色とりどりだねぇ」

と素敵な日本語を使うようになりました。保育園の先生に教えてもらったのかな?


こどもの言語の覚え方は、まさに体当たり。恥をかいては、覚える、使ってみる。また恥をかく、の繰り返し。こどもならではの記憶力の良さも影響しているでしょうが、大人であっても、このように体当たりで英語を学習すればすぐに上達することと思います。

ただし、大事な大前提が1つ。それは、正しい使い方を教えられる人がいること。

日本の高校までの英語教育において、体当たりの英語を聞いて、正しい使い方を教えられる人がいったいどれくらいいるというのでしょう? この程度の英語力で「英語が得意」と評されるあたり、「日本語が亡びるとき」という本の伝える危機感が、うまく広まらない理由が感じ取れます。なんとか通じる英語ができればいい、という程度の話ではないのです。

「colorful」を「色とりどり」と言う。この「雅(みやび)」とでも言うべき感覚を、いったい誰が英語の世界に教えるのでしょう? 日本語は、外の言葉を外来語として吸収して豊かになっていくかもしれない。実際に、過去から現在に至るまで、英語の世界に追い付かんと「翻訳」できる学識を持った人が、英語にある概念を取り込むことで、日本語は様々に変化してきました。

しかし、現代ではその取り込み方すら安易になってきています。「コンプライアンス」という言葉がそのまま使われるように、なんのひねりも工夫もないまま言葉が輸入される時代。フランスという言葉でも、敢えて「ふらんす」「仏蘭西」と書くことで、文の持つ趣、読み手に与える印象を豊かにできるというのに。人は、その感覚をまだ失ってはいないと思うかもしれないけれど、歴史を紐解いてみれば、「かふして」を「かくして」ではなく、「こうして」と画一的に現代かなづかいに改めてしまったことで、すでに失われた使い方、言葉の感覚も日本語には多くあるのです。(これらの例は「日本語が亡びるとき」より)

たとえ音が同じでも、意味が同じでも、「書き言葉」としての日本語には、読み手に「色とりどり」の快楽を与える力があります。そんな日本語を操るべき人が、英語の世界に取り込まれていく。学ぶことに意欲ある人ほど、体当たりで教えられる教師がいない日本で英語を学ぶことの困難に直面し、日本語を書くことに注ぐ時間、情熱がどんどん失われていく

英語に日本語の言葉をアルファベットで取り込んだとしても、決して伝えきれないこの日本語のもつ豊かさ。日本語を操る人しか知りえないこの感覚は、世界の中で閉じていくばかり。そうして言葉の担い手たる人が英語の世界に吸い込まれ、日本語が次々と英語の世界の言葉を取りこんでゆくうちに、いつしか日本人すら、日本語が持つ「色とりどり」な美しさを忘れていく。

2008年11月7日金曜日

近況

論文・実験・講演資料作成・発表資料・ポスター作成

全部同時期に集中してしまって泣けてきます。

2008年8月26日火曜日

[本郷でお散歩] UT Cafe

(長かったので前エントリを分割しました)

久々に本郷をお散歩してきました。東大の本郷キャンパス周辺のアカデミックな雰囲気がとても好きなんです。カフェに入ってもなにやら難しそうな英語の文献を読んでいる人が多かったりと。今日は、新しくできたUT Cafe(赤門入ってすぐ)に行ってきました。


最近の東大はとってもおしゃれですね。店内も赤をアクセントに使ったりと、表参道の通りのカフェみたいな雰囲気。お茶をしながら、研究のことを考えノートに マインドマップを描いていました。何もない静かな部屋に一人でいるよりも、人の動きのある中で自分の場所が持てるカフェのような環境の方が、かえって集中 できるので好きです。

博士課程のころは、部屋に一人ぼっちで寂しいことが多かったので、その孤独を乗り越えるためにカフェの存在は必須で した。最近はカフェで作業することもほとんどなくなったので、昔を懐かしみつつ、ノートひとつで、0から研究の全体像を描きなおしてストーリーを練り、今 後何をつくるとよいのかを自分の中で整理していました。

普段と仕事中としていることとほとんど変わらないのだけれど、休日だからと欲張ら ず、少し環境を変えて、普段+αくらいのことをするのが、お休みの有意義な楽しみ方だなと思います。本当は、休みになったからDBMSをじっくり作れる! とか思っていたりしたのですが、大きなことは「一日にして成らず」です。大規模なシステムは少しずつ進めていかないと、作りきれません。

2008年8月20日水曜日

[本郷でお散歩] PFIに行きました

今週休みをとっていたので、この機会に、はてなの関連エントリー機能を実装するなど、いまを時めくPreferred Infrastructure(PFI) さんに遊びに行ってきました。忙しいところ快く応じてくれた社長の西川君太田君に感謝。


以前、二人が会社を立ち上げたばかりのころに、データベースの話で盛り上がったことがあります。東大全体を見回しても、データベースシステムとその実装にまで興味がある人って意外と少なくて、Jim GrayのTransaction Processingを読んでいるなど、データベース屋さんの僕にとっては、貴重な話相手です。

ACM主催のプログラミングコンテストICPCの東大内予選(と僕が勝手に呼んでいます。本当は国内予選。ただ、各大学から3チームまでしか先に進めない)を勝ち抜けて、世界大会にまで出場するだけでもすごい人達なのですが。

今日は分散トランザクションについて話をしてきました。トランザクション処理は、スループットを上げるための実装はそうとう複雑なのですが、さらにマシンが複数台になると考慮すべき障害が増えてとたんに難しくなります。運用を考えたときのコストとか、商用DBといえど落ちることがある、などの話を聞けてためになりました。僕は研究者の立場なので常に新しいものを開発すればいいのですが、24時間常時動かすというのはやはり相当大変なことなのだと再認識。もしかすると、僕はこういった運用の大変さから逃れるために、研究の道に入ったのかも。

今回は短時間の訪問だったので紹介しきれませんでしたが、本当は最先端の話題でもっといっぱい話したいことがありました。主にMITのStonebraker教授(PostgreSQLを作った先生)のお弟子さんたちの話なのですが、C-Store (列ごとにテーブルを分割して圧縮。性能抜群), H-Store (トランザクションの意味を考えて、仕事の単位を分割、sequentialに処理して速度を稼ぐもの)など。One-size doesn't fit all (DBMSも用途に応じたものが必要)という時代の流れがあるんですね。現在主流のrow-oriented storage(テーブル行単位でディスクに配置していくもの)で、ロックマネージャーを外し、ログを外し、、、とやっても、トランザクションで100倍の性能を上げるのは難しいんです (OLTP Through the Looking Glass, And What We Found There. SIGMOD2008を参照)。

まだ教科書には載ってないけれど、トランザクションを高速に実現するための現在の主流であるsnapshot isolationを、性能をほとんど落とさずserializableにする話 (Serializable Isolation for Snapshot Databases。著者に実際に会ったときにソースコードくださいと話したらBerkeleyDB上での実装を公開してくれました)など。

XMLのような階層構造のデータもrelational databaseと同じ枠組みで扱える、という僕の研究の話もいつか紹介したいですね。こんな要素をもろもろ含んだ日本発の最先端DBMSを、彼らのように物を作ることに貪欲で、「わくわく」する感覚を持ち続けている人たちと一緒に作れたらいいなぁと夢見ていたりします。

PFIのオフィスは、自宅から徒歩圏内なので、本当はもっと遊びに行きたいのですが、職場まで遠距離通勤+子育て中なので、もうちょっと落ち着いてからかな。


2008年1月30日水曜日

中国産冷凍餃子


農薬メタミドホスが混入したという中国産冷凍餃子。うちの冷凍庫にありました。しかも既に半分くらい食べたあと。。。。 入院するようなことはなかったけれど、本当に大丈夫なんだろうか。

きっとこういう事件の時、JTってすごく対応が悪いような気がする。自主回収してるけど、それだと、既に食べてしまった人は、余計に不安になります。安全を確認するために中身の成分を第三者機関にチェックしてもらうような対応は当然期待できないんだろうな。

ものすごく不安。。。 

2007年12月3日月曜日

「格差」「雇用」「グローバル化」「特許」

Leo's Chronicle: 「格差社会」 は、重いテーマでした。今週のEconomistには、日本の雇用形態についての特集がありました。かつての日本の終身雇用と、アメリカのように移動の激しい雇用形態の中間の形はないものか、と。

大局的に見れば、雇用形態が変化しつつある今、企業側も新しい形を模索している最中とはいえ、その中にいる人にとっては自らの問題ですから、いくら良い方法があったとしても、簡単には変えられないのが大変なところです。

今の時代、仕事の内容が変化するのはある程度避けられないことだと思います。そういう中で、決まった場所で、安定して働けるようにするのは、企業と働き手の双方に相当な努力が必要なことでしょう。

スティグリッツが訴えるのは、利益を追い求めるあまり、人として道徳的に当然のことがあまりにもできていないという事実です。労働力や貿易が先進国に優位な形で性急にグローバル化することで、次の仕事に移るトレーニングを積む間もなく仕事を失い、犠牲になる途上国の人々がいる。市場が開放されたところで、途上国が先進国と対等に貿易を行うためには、そのための道路、生産体制などのインフラが必要なのです。さらに、農業勢力が強いアメリカの農作物は補助金付けにされているので、対等な立場の貿易にはなりえません。価格が安くなることで仕事を失うのは、むしろ途上国の側です。たとえ先進国でも、GDPは上がっても、グローバル化に対応できない国内向けの企業は、理不尽に不利益を被り、結果として終身雇用を維持できない、高所得者との「格差」が広がるなどの弊害を生み出しています。

僕の研究分野にも関連することですが、アメリカでは、遺伝子特許を多く認め、難病に関する薬を途上国に高く売る製薬会社の利益を守る政策が続けられています。これらの企業の利益を守った結果、研究への意欲をそぎ、病気の解決への道を閉ざしてしまっているという意味で、人類全体にとっての不利益を生み出している構造なども挙げられています。新しい発見をしても、特許侵害として高額なライセンス料を課せられてしまっては、研究を続けるのはかなり難しいことでしょう。

ソフトウェアに関する特許もしかり。特許に抵触するかもという恐れが、開発への意欲を奪うというのは、僕自身も開発者として体感するものがあります。
特許があまりに広い範囲をカバーしている場合、違う分野で、違う文脈で、特許と同じ内容のプログラムを偶然再発見、再開発してしまうことがあるからです。たとえ理不尽な請求であったとしても、特許訴訟のコストははかりしれません。 この恐怖から逃れるために、開発者の間では、ソースコードとその内容について特許を主張しない制約を持ったApache Software License (ver 2.0)が普及してきています。

遺伝子特許の場合は、厳然とそこにあるものを見つけただけであって、本来、個人や企業に所有されるべき類のものではないはず。Michael Crichtonの「NEXT」という小説にも、このような今のバイオビジネスの現状を皮肉った話がありましたが、理不尽に企業の利益を守るために、病気の解明、より良いプログラムの開発といった、人類の利となるものへの研究が、不当に抑えられている現状は、打開していかなければならないと思います。

2007年11月27日火曜日

「格差社会」 

随分前に買った、スティグリッツ教授の本(Making Globalization Work: 邦題「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」)を本棚から取り出して読み始めたのですが、日本の読者向けへの冒頭で、「格差社会」についてこう書いています。
日本のような民主主義国家で、「格差社会」が進行した場合、やがては社会的不公平感に突き動かされた「持たざる者」の不満を抑えようと、政治的リーダーが彼らに実現不可能な非現実的な公約をとりあえず提示するといった憂慮すべき事態を招く。
2006年11月に邦訳版が出ているので、2007年の現状を見て言っているわけではないのです。予想ではなく、過去の知見から得られたであろう正確すぎる洞察。

国民のためといいつつ、行政の現状は国民に対してとても冷たいものになっています。分かりやすいのは、年金のための財源確保に消費税を、という論調。年金着服とか、データ管理のずさんさばかり取り上げられているけれど、それは管理の問題であって、制度の問題ではない。

社会保険庁のデータを見てみると、平成18年度でも20〜40代の加入者の納付状況は50〜60%程度しかありません。年金は、理念として、年代に応じた保険料を国民全体から集めて、インフレリスクに対応し、生活に必要な額を確保できるというもの。けれど、強制徴収の権限が与えられながら、これだけしか徴収できてないという状況は、職務怠慢としか言いようがありません。こんな回収率なのに破綻しないで済んでいるのは、厚生年金から補填されているというから、国民年金に加入していないサラリーマンの人も全く無関係ではなく、むしろ被害者です。 

この事情があるにも関わらず、数千万の給料や退職金を役人に払い続け、年金は絶対守ると実現できそうもない建前を政府は掲げています。天引きされてしまうために、税金や保険料の徴収やその使い道に無頓着なサラリーマンは、自ら腰を上げようともしない。骨抜きにされてしまっているんですね。少子化が年金制度を危うくするという議論は、大前提として100%であるべき徴収率の問題をすっとばした、とても飛躍した議論になってしまっています。

年金を盾に消費税を上げて、10年前と同じように景気が停滞したら、そちらの方の被害が甚大だと思います。たとえ年金がなくなっても、累進課税ではなく、ロシアのように一律13%のフラットタックスを取り入れた方が、どんなに国民は幸せになることか。

1000万の所得があっても、今は所得税33%、住民税10%とられて税金は430万。これが130万になれば、残り300万で、自分に投資するために大学に入って数年間勉強や、研究を続けられるだろうし、日本の教育のレベルも上がって、新しい仕事も創出できるというもの。最高税率40%+10%=50%のものが、これだけ低くなるなら、年金がなくても、年金としてもらえそうな分は事前に回収できるし、労働時間を減らして稼ぎを少なくしたとしても、仕事以外のことに使える時間が増えてきます。皆がインフレや、為替の値動きによるリスクを減らすことを考え、余剰資金を活用するようになれば、今まで国際銀行や大企業に方よりがちだった投資も、国民に身近な地方銀行や中小企業が活躍できる場が増え、地域の活性化にもつながるでしょう。

変化の大きいこの時代に、一つの仕事に縛られ、動けないようだと大変です。グローバル化が進んで、今のビジネスが成り立たなくなることもあるでしょう。役所仕事のように、効率化を測らず時間が過ぎるのを待つ人。マニュアル通りで代わりがいくらでもいる仕事に、安い賃金で自分の時間を売ってしまう人。そんな人たちが増えるような環境だと、よい意味でも悪い意味でもグローバル化が進んだ際に、機を逃してしまったり、本当に何もできない人ばかりの国になってしまいます。

MLBに渡ったヤンキースの松井秀喜だって、野球だけをしているように見えるけれど、HRを狙うのではなく、状況に応じたバッティングに切り替えることで、打点を稼ぐ打者として結果を残しています。つねに変化することを念頭に置いて仕事に取り組むことが必要なんです。

だからといって、変化に対応できないことや、格差が生じるのを、「個人の努力が足りない」と安易に帰着させてしまってはだめなんですね。今の税金や仕事に関する行政のあり方だと、変化することが困難になっています。少し努力して稼ぎを増やしても、その分課税や保険料も増えるので、生活水準を良くすることにはつながらない。

他にも、8時間+残業という労働体系は、親が子供と対話する機会を極端に奪うものです。それなのに非行の増加、学力の低下の原因を親、しかも母親に押し付けるという不合理さ。教育委員会が「親育」とか「食育」という言葉を掲げる裏にも、時間に余裕ができた人と、そうでない人の「格差」というものを感じます。本当は「朝食を摂らない生徒とそうでない生徒との間で、学力に有為な差が見られた」という事実を広めるだけでいいのに、一度成功し「格差社会」の上位に立った人が、底辺で働く人たちの労働環境や税制の事情を考慮せずに、自分の主張だけを押し通そうとしている感がある言葉です。

一人親家庭なら、食事を作って、子供を学校や保育園に送り、8時間労働し、19時に帰宅できたとしても、買い物、食事を作る、洗濯、子供の世話をしたら、どれだけ自分のために使える時間が残っているというのか。そもそも、良い職を得たり、新たなビジネスを起こす目的で勉強する時間を確保しようとしても、保育園はいっぱいで子供は預かってもらえないことも多々あります。8時間超の勤務を維持できないと働きながら大学にも通えない。結局、キャリアにならない低収入のアルバイトをせざるを得ない。自らを変化させるのに必要な余裕がなくなってしまうでしょう。


補助金を増やす、社会保障を増やす、だから増税だという以前に、既に税金だけでなく、「時間」という教育、子育てに必須で、なおかつ国民生活の充実度を上げるために大切な資源も搾取されているのです。こういう問題を棚上げにして、スキャンダルの追求に走る、選挙のために大事な議論を何年も先送りにする、国民の共通の見解を構築しない(できない)国会の流れには、辟易してしまいます。

郵政民営化は時間をくれるの? 道路公団の無駄遣いをへらしても(減ってないけれど)影響は合った? 防衛庁のスキャンダルが明らかになったところで、防衛という観点からはとても深刻な不祥事だけれど、生活は向上しないよ? 「再チャレンジ」といったところで、そのために必要な時間とお金はもう搾取してるでしょ? 選挙のたびに、生活の質や、変化に対応する能力の向上にとって、本質的ではない議論が繰り返され、有権者もなんとなく違和感を感じながらも、選挙結果を玉虫色に解釈する政治手法に丸め込まれてしまう。そもそも骨抜きにされているから、投票率も6割を超えない。

生活第一を訴える民主党ですら、本当に国民生活に大事なテーマの選び方から間違っている、あるいは冒頭に挙げた引用のように、とりあえず「持たざる者」の不満を抑えるために、「生活を良くする」というお題目を掲げ、ちょっと税金を減らしたり、官僚の無駄遣いを減らすだけではちっとも解決しないような本当の問題に真剣に取り組む政策、姿勢は提示していない。

こうした建前にだまされないためには、せめて税金は確定申告して自分で払うようにすると、搾取されている実感が沸くし、自分を守るために、選挙に行く気にもなるでしょう。あとは、政治家、役人の言うことを鵜呑みにしないこと。例え東大卒だとしても、学部で卒業する彼らの多くは研究をするトレーニングを積んでいないので、自分の掲げる政策や、データの裏にある仮説の検証を行っていません。

感覚的にこうだ、この政策がいい、という人のなんと多いこと。Ph.D.を持った政治家がいたとしても、インタビューを行う報道側も、学部を出ただけの人が多いせいか、学者の知識を引き出して議論を深めようとすることは、今の日本ではほとんど見受けられません。勉強熱心で、もの知りな政治家の意見だとしても、検証を重ね、根底にある真実を見極めようという研究者の姿勢を持たない限り、ただの戯れ言でしかないと思います。

422 + 242 = 722人も国会議員がいて、一つのテーマしか議論が進まないなんてなんと嘆かわしいことか。顔が売れているだけの議員のどこが良いのか僕にはちっともわかりません。庶民の感覚と近い人が褒めたたえられたりもするけれど、それってただの知識も洞察もとぼしい素人じゃない。これを、同じ1500万の給料を払って、Ph.Dをとれるくらい、議論と実践、検証を進められる能力のある人たちの集まりにできたら、どんなに良いことかと思います。「スティグリッツはこう言っているが、日本ではどうか?、データを集めて、検証しよう。」とか、「我々の研究結果では、このような福祉政策を取るのが適しているし、道理にもかなう。国民に信を問わなくては。」という流れで、議論が進み、結果として選挙が行われることを切に願います。

2007年11月13日火曜日

透き通るような青


ふと空を見上げると  透き通るような青が広がっていた




2007年3月20日火曜日

携帯の機種変更

携帯はSO504iを使っています。カメラもついていない旧世代品ですが、機械そのものは十分実用的なので、愛用しています。デザインも良いし。

けれど、周りの環境の変化で使い続けるのが難しくなってきました。movaの電波が入りにくいところが増えている気がします。FOMAだと平気なのに、僕の携帯だけ通じないということが多々。movaは、鉄などに電波をさえぎられてしまう印象があります。

機種変更したいのですが、割と高いですよね。ドコモショップだと数万必要。0円になるような旧機種ってお店に置いてないし。。。

いろいろ調べていたら、Visaカードのポイントをドコモのポイントに移行できるということ。

これだ!と思い、早速移行申し込みしました。キャンペーン中でVisaの1ポイントがドコモの5ポイント(5円相当)になるということで、これで機種変更が安く上がると喜んでいたのですが。。。


※ポイントの移行には4~6週間必要です。


このネットワークが普及した時代に、4~6週間もかかるとは。。。紙面での手作業なんでしょうか。ちょっとしたプログラムを発注(?)するより人件費が安く上がるのかもしれませんが、がっかり。

というわけで、機種変更はポイントの移行が終わるまでお預けです。


それにしても、携帯って新しいものが常に使いやすいわけではないみたいですよね。機能は充実しているようにみえて、使い勝手はダウングレードしてしまうことも。バッテリーが長持ちになっても、使う電力も増えているから、すぐ電池が切れてしまうという悩みもちらほら聞きます。

マニュアルも相変わらず分厚そうだし。カメラもCCDのもの以外は、画素数が高いといっても、さほど画質が良くなさそう。店頭で触ってみたら、オートフォーカス機能も貧弱だし、よくぶれる。。。そんなカメラなら、いらないから安くしてと思うのは僕だけでしょうか。

2007年2月13日火曜日

僕のPC生活

僕のパソコンの活用法を少し紹介。一般の利用者向けです。

最近、毎日持ち歩いても苦にならない大きさのノートブックPCが手軽に買えるようになりました。Windows XPはHome Editionでいいやとか(リモートデスクトップの機能が使えないですが、大きな違いはそれだけかも)、Office製品はいらないなどとあれこれ切り詰めてカスタマイズすると、20万円以下でも十分実用的なマシンになります。昨年にそういった構成でVAIOのType-Tを購入しました。液晶の解像度も高く、バッテリーの持ちも良い(7~9時間)のでかなり重宝しています。

そんなノートパソコンを、僕は、電子書籍代わりに使っています。デジカメで本を1ページ毎に撮影して、画像ファイルをまとめてPDFにしてしまいます。(Adobe Acrobatを使うと簡単ですが、画像をアルバムのようにPDFにするだけなら他にもいろいろツールがあるようです。) スキャナとかも試してみたのですが、デジカメの方が本のサイズにかかわらず撮れるし、1ページあたりに費やす時間が数秒で済むので、速いです。GoogleのPicasaなどの写真編集ソフトで紙の色などを調整すると良いかもしれません。PDF文書を読むときは、Acrobat Reader(こちらは無料)のショートカットキーを覚えると吉です。

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などなど。気が向いたときに本を撮影して、必要なときにじっくり読めるように持ち歩いています。職業柄分厚い本を読むことが多いので、本当に助かっています。


本当はもう1つ、ファイルのバージョン管理ソフト、Subversionについても書きたいのですが、とてもブログ1つに収まる内容ではないのが辛いところ。もはや僕のPC作業に欠かせないものになっています。USBメモリでも使えるはずなので、あまりパソコンに詳しくない人でも使いこなせるんじゃないかと思っています。その話題はまた後日。

2007年2月4日日曜日

収益構造のおかしい地域通貨「文(mon)」

Leo's Chronicle: 文京区 地域通貨 「文(mon)」にも書きました。

ここで地域通貨の仕組みの図が紹介されています。リンク先の図が削除されてしまうかもしれないのでまとめると、

・利用者は、地域通貨の運営元のNPO法人より900円で1000文を購入できます。
・地域通貨の加盟店は、1000文をそのNPO法人に渡すと1000円に換金してもらえます。

怪しすぎです。100円の差額はお店が法人に払う紙幣発行代と広告料だと思っていたのですが、そうではなかったようです。じゃあ、どこから差額を調達するの?利益配分ができないNPO。収益構造がないのに出資する人なんているわけないじゃん。

などと思っていたら、monは発行停止。東京新聞の記事より。不払いがたくさん残っているようで。。。詐欺だったのかな?

2006年11月18日土曜日

[ひざ暖板] 足元の冷えにお悩みの方に


「ひざ暖板」を購入しました。

別に、リンク先の通販生活の回し者ではないのですが、窓際にデスクを置いているせいで、冬が近づくにつれ足元が冷えるようになり、前シーズンの冬は、デスクでの作業がとてもつらかったのです。足元が冷えると、体調を崩して風邪をひくこともありましたし。

かといって、温風方式のヒーターや、エアコンで部屋を暖めると、暖かい空気は冷たい空気より軽いので、なかなか足元には降りてこなかったりします。その、部屋が十分温まる前に乾燥してしまって、喉や肌に良くないのです。

そこで、今年は本格的に冷え込む前に、このひざ暖板を導入。じわじわと暖かくてとてもよい感じ。熱過ぎることもないし、空気が乾くこともないので快適です。

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